28『兄弟子』



 師は弟子を自分を超える存在にする為に、弟子を育てる。
 弟子は師を超えんが為に精進する。

 弟子は師を超え、自分を超えさせる為に弟子を育てる。
 前のものを超える事をくり返す事。
 それが技術の進化。

 しかし進化の中でも変えてはいけないところもある。
 技術の基礎となり、進化への精神の支えとなるもの。
 それが「伝統」である。



 ジェシカによって、崩されていたはずの砂丘のバトルフィールドは既にカンファータのファトルエル常駐兵によって元のように整備されていた。
 その丘の頂上に、リクと、オリーブ色の髪に茶色の目。全体的に細めで、外見、雰囲気、何もかもが柔和な感じの青年が向かい合って立っている。
今残っている最後の優勝候補、“双龍”と呼ばれる魔導士・クリン=クランだ。

「魔導研究所の連中とは結構縁があるんだけど、あんたとは初対面だな」

 リクがそう話し掛けると、クリン=クランは、くすっと小さく笑った。
 何となく自分を馬鹿にされたようでリクは少しムッとした顔をする。

「何か可笑しい事でも言ったか?」
「いや、こちらの事だ。気にしないで」そして彼はこれから闘う敵に向けるものとは思えない柔和な笑顔をリクに見せて続けた。「ただ、縁なんてものは自分の知る範囲内ではとても把握しきれないものだよ」

 その謎めいた態度と物言いに、リクは眉をしかめた。
 実際、このクリン=クランは現在の時点では謎だらけの魔導士だ。目立った功績の記録がある訳でもないのに、“双龍”と呼ばれ、優勝候補になっている。
 そしてその彼の闘いを見たものはほとんどいないという話だ。
 この場に立つ前に、コーダに情報を頼んだが、何と、クリン=クランはこのファトルエルの決闘大会で一度も闘った様子がない、だから新しい情報は全くないというのである。

(蓋を開けてのお楽しみって事か……あちらさんはどうやら攻撃を仕掛ける気はねーみたいだし、ここは先手必勝と行くか!)

 リクはクリン=クランに向かって猛然とダッシュし、《電光石火》と同じという訳には行かないが、とにかく一気に距離を詰め、跳躍した。

「我は叩かん、衝撃が凍結を生む《氷の鎚》にて!」

 振り上げた両手に重量感たっぷりの大きなハンマー状に白く具現化した魔力が握られ、リクはそれを力一杯振り下ろす。
 クリン=クランは、緊張感のない表情で、それを見上げていると思うと、おもむろに手を上げて、その魔法を詠唱した。

「《瞬く鎧》によりて、この一瞬、我は全てを拒絶する」

 向けられた掌の先に出現した魔力の障壁によってリクの《氷の鎚》は弾かれ、立ち消える。
 着地し、すぐに後ろに飛んでクリン=クランから距離をとったリクの顔は何故か大きな疑惑に満ちていた。
 リクが距離をとった隙にクリン=クランは攻撃に入った。
 リクに向かって左半身に構えると、少し背を反らし、両手を胸の前に盛ってくる。まるで、今から弓を引くかのように。

「我は放たん、射られし者を炎に包む《炎の矢》を」

 クリン=クランの構えた手に炎が起こり、弓矢の形になり、矢が放たれる。それはリクのそれより大きい。
 槍と行った方が近いくらいの大きな矢状の炎がリクを襲うが、それはリクの《瞬く鎧》によって防がれた。
 今までからすると大したピンチではなかったのだが、それを防いだリクの顔は焦燥と疑惑、そして驚愕に支配されている。
 その表情を見て、クリン=クランは満足げに笑った。

「ははは、やっぱり驚いたみたいだね。無理もないよ。君と、君の師匠しか知らないはずの魔法を赤の他人に使われたんだからね」
「てめー、それをどこで覚えやがった……!?」

 リクが笑顔のクリン=クランとは対照的な表情で睨み付ける。

「簡単な話さ。ファルガール=カーンに教えてもらったんだよ」
「え?」
「君の師匠が、昔、魔導研究所の学校で魔法を教えていた事は知っているだろ? 僕はその時、ファルガール先生に教えてもらっていた生徒の一人だったのさ。つまりは君の兄弟子に当たる人間なんだよ」

 そこまで説明した時、リクはクリン=クランが闘いを始める前に言っていた、縁と言うものは自分の知る範囲では把握しきれない、という言葉を思い出した。そして今その意味を知った。
 そしてクリン=クランはリクの服装と先程のジェシカ=ランスリア戦を見て、リクがファルガールの弟子である事を知ったのだろう。
 何しろ、この服装はファルガールが魔導士としてその場にいる時にはいつもしていた格好なのだ。

「君の便利屋を名乗る男から、闘いの申し出を受けて、僕は嬉しかったよ。先生は僕が成長する前に魔導学校を去ってしまった。僕らを途中で見放した事に恨みは感じてない。理由もそれとなく聞いてるからね。
 ただ、僕はあれから死ぬほど訓練をして、ようやく魔導士として自信が持てるまでになった。そして僕は一弟子として、僕は先生を超えなくてはならない。でも、超えるべき人はいなくなってしまった」

 クリン=クランにさっきまでの笑みが消え、真剣な表情が見えるようになった。普段が柔和なだけに、彼の真剣な表情は、とてつもない威圧感を感じる。

「……さっきのジェシカ=ランスリアとの闘いを見て、君は、先生の魔導を完全に受け継ぎ、先生と同等以上の力を持っていると思った。君と闘えて嬉しいよ。僕がファルガール=カーンという男を超えたと言う事を、君との闘いを制する事によって証明できる」

 説明し終わると同時に、クリン=クランは、魔法の詠唱を始めた。

「ここに吹きしは霜を運び、汝を《凍結させる風》!」

 クリン=クランの背後から、強力な風が起こり、リクに向かって吹き付ける。思わず、その風をまともに受けてしまった彼の全身に霜がびっしりと張り付いた。
 動きづらくなったリクに、クリン=クランは攻撃の手を緩めない。

「燃え立ち上がれ、《火柱》!」

 自分の足元に大きく、赤い円が描かれるのを見てリクは必死の思いで、《飛躍》を唱え、後ろに飛び退こうとする。
 しかし、《凍結させる風》のお陰で動きが鈍らされていた事もあり、間一髪で間に合わず、円の外に出る直前に《火柱》に巻き込まれ、それに弾き飛ばされた。

「うわあぁ!」

 リクは悲鳴を上げて丘を転がり落ちる。
 丘の麓で、起き上がって自分の身体を見回し、リクはほっとした。弾き飛ばされた時の打撲に軽い火傷がついているだけだ。
 そしてリクは丘の上に見えるクリン=クランを見上げた。

(何でアイツの魔法はあんなに強力なんだ?)

 《凍結させる風》も《火柱》も一般によく知られる魔法であるが、今リクが味わったのは明らかに同じく知られているその魔法の規模、そして威力とは段違いだった。
 確かに術者の魔導制御力(魔力の制御能力を表す数値)によって魔法の効果が違ってくるのは常識だ。しかしその誤差も、小さくて基準値の半分、大きくて二倍までが限界だ。それより小さければ魔法は失敗するし、大きくなる事はあり得ない。

 しかし今のはどう見ても普通の三倍以上だ。
 ここまでくると他に特別な事をやっているとしか思えない。

 そんな事を考えていると、丘の上から、クリン=クランが麓にいるリクを覗き込んでいった。

「どうした? 君の力はこんなものかい!?」
「やかましい! ちょっとビックリしたが、こっからが本番だ!」

 反射的に怒鳴り返すと、リクはクリン=クランに向かって丘を駆け上がり出した。
 今度はクリン=クランもリクに向かって、丘を駆け降りてくる。

「威勢だけじゃ僕は倒せないよ! 裁きよ、天より降りて《罪討つ落雷》となれ!」
「甘い、甘い! 我は裁かれし者にあらず。現れよ! 裁かれるべきもの《避雷樹》!」

 天から、リクに向かって雷が落ちて来たかと思うと、突然、進路を変え、リクの脇に生えた、小さな苗に当たる。
 それを見たクリン=クランはにやりと笑った。

「やるね。ではこれではどうかな?」と、クリン=クランは、掌に赤い光の玉を一つ作り出す。「この玉は内に炎を秘めし《爆発の玉》。その炎、我が敵に当たりし時、解き放たれん!」

 そしてそれをリクに投げ付けた。
 リクは自分に向かってくる《爆発の玉》を避けようともせず、一直線に向かって行く。

「言っておくけど《瞬く鎧》で防ぐのは無理だよ!」
「毎度毎度、同じ魔法に頼ってられるか! 我は捕らえん、水流にて紡がれる《水の縄》にて!」

 リクの手から、水が放射された。しかしそれは放物線を描く事なく、真直ぐに、《爆発の玉》へ向かって行く。
 そして《爆発の玉》に届いたかと思われた直後、《水の縄》は《爆発の玉》に絡み付く。その瞬間、リクは《水の綱》を持った手を引き爆発の玉の軌道を変える。

「よいっ……しょぉっ!」

 そして掛け声とともに、リクは遠心力を利用し、水の縄で《爆発の玉》を投げ返した。ついでに後ろから《炎の矢》を追突させ、《爆発の玉》を加速させてやる。
 返された上、突然速度を変えた《爆発の玉》はまともにクリン=クランにぶつかり、大爆発を起こした。

「やったか……!?」

 爆音とともに起こった煙が丘の上を覆い隠したお陰で、リクはクリン=クランがどうなったのかを、知る事が出来ない。
 不意に煙の中から飛び出してくる事も考え、リクは戦闘体勢を解かないまま、しばらくその煙が収まるのを待った。
 しかし待つ事もなく、その煙は晴れた。晴れた、と言うより吹き飛ばされた、と言うべきか。とにかく煙はそのうちから起こった風によって四散してしまった。
 その中から現れた人影を見てリクは顔を曇らせた。

「彼は僕らの期待通りだね、クリン」
「同感だよ。むしろそれ以上じゃないかな、クラン」

 人影は煙の外に出て、完全にその姿を現わした。
 リクの表情が疑惑から驚愕へと変わって行く。

 なぜなら、そこにいたクリン=クランは一人ではなかったからだ。

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